June 19, 2009

賢い女の子

見ているサイトに、賢くて可愛い女の子がいないだろうかという問いかけがあって、いますいますと思った。


少なくとも周りにいる子たちはまず賢い。これは間違いない。
これは勉強が出来るとかいう意味ではもちろんない。まあ勉強もできるけど。
性質的なものとしての賢さ。
思えば賢い子ばっかりだ。


脱線。
私が、賢いな、頭がいいなと思う女の子は、私がそう思う男の子とちょっと違うような気がする。
あくまで周りだけを見ていってるのであしからず。
(私の周りの)賢い男の子の思考は大抵筋道だっていて、(私の周りの)賢い女の子の思考は飛躍する。
飛躍は筋道だっていることと必ずしも矛盾しないけど。
すっ飛ばして別の地点に着地して、そこの間の説明は後からついてくる(なので実際説明がつかないこともままある)。
説明は必要なときだけする。相手がついてこれるなら説明をしない。だいたい説明なんて愚かしい場合もある。
筋道だってなきゃいけないのか?というのが女の子のスタンスな気がする。スピードが速い。


しかしもしかすると、男の子の場合も本当は同じで、思考過程を理解することが私にとって女の子よりも困難なので、彼らに説明を強いている結果見られる傾向という可能性も考えられる。
または一般的に男の子が親切ということか(ちゃんと過程を説明してくれるから)。


話を元に戻す。
可愛い、の点に関しては人それぞれで好みがあるので一概にはいえないが、可愛い子も普通にいる。頭のよさと外見は反比例の関係にはない。
賢い人はそれなりに何でもできるというのが私の持論で、だから賢いその子たちはお洒落にも気を遣える。


ただ賢い女の子は(女の子に限らないが)賢いがゆえに恋愛向きじゃない場合がある。
プライドというだけではなく。何かしら深く考えてしまったり。
大抵考えが大人びていて、周りに見合う男がいないということもある。


なんでこんなことを書いたかっていうと、昨日飲んだメンツが美人ばっかりだったからだ。
隣の席から合コンの誘いは来るわ、常連のおじさんにからまれるわでめんどくさかった。
美人と一緒にいると、美人は大変だってことがわかった。

でも彼女らは賢いので、軽く相手をし、お酒はおごりで、ある程度相手をしたら自分たちのスピードで内輪の会話をして置いて行くという感じで切り抜けていた。勉強になる。


私なら、そういう人たちの相手をするのは嫌だ。お金は自分で払うからほっといてくれって感じだ。
だから教授の側や向かいの席も嫌だ(好きな先生除く)。なんで教授の周りは女の子で固めなきゃいかんのだ。意味がわからない。

とか思ってても、女の子なら仕事上もそういう場面てありそうだし、そのときは仕事は自分ひとりでやりますなんて言えないわけで、やっぱ身につけたほうがいい技なんだろう。

そろそろそういう系のパーティがある。人脈は大事。でも。

前恋愛的なもの

最近ブログに影響を受けるとすればだいたいこの人のブログに影響を受けている。
「またいつか会う日までという言葉の。」
関連するのは冒頭部分のみ。


魅力的な友達がいて、その人は異性で、というときに、恋人にはなりたくないなと思う。という話。



江國さんがエッセイで、男友達の事を書いていたのを昔読んだ。昔なので記憶がおぼろげだけど、彼女曰く。

彼と恋人同士になるという可能性が、私達二人にとってはどうでもいいことなのだ。
大切なのは、同じ瞬間に生きていて、同時に世界を目撃できることだ。

多分こんな感じ。
同感である。


大切なのはそのことだ。
同じ瞬間に生き、目撃し、語り合うこと。時間や感情や体験を共有すること。
恋人になるか否かというのは「ついで」である。


何も恋愛関係を軽く見ているのではない。恋愛は素晴らしいと思う。
恋人同士という関係になれば、友人よりも更にその人を知ることができる(と思う)。し、関係としても素晴らしい。何はばかることなく愛情を注ぎあえるから。

問題は、恋人になることではなく、恋人関係を解消することにある。
友人に戻ることが出来る場合もある。でも出来ない場合もある。
少なくとも恋人になる前の関係には戻れない。何かがそこなわれる。


この人と恋人同士にならなければ、今でも友人として楽しく語り、笑いあえたのに、と思うことが実体験としてあるのでこういうことを書くわけだけど。

もし友人のままだったら、と考える。
たまにメールをするだろう。飲みにも行き熱く語る。ブログだって教えるだろう。

残念ながら彼らとはそういう関係にはない。なぜかはよくわからない。多分傷が残っているんだと思う。関係に。残念なことだ。
いずれまた語り合うことができるようになるかもしれない。けど多分それは何かの留保がついた友情になるんだろう。



江國さんは、恋人同士になる可能性がとるにたらないものであるというけど、その意図は多分、その人との関係が、恋愛関係という絞りがかかったものになる以前に在るものである、ということなんじゃないかと思う。
ある大切な人との友情は、前恋愛的なものである。
恋愛という絞りをかけて破綻させるのにはもったいないものである。
むしろそのように破綻するような軟弱なものではない、といいたいのかもしれない。


こうやってみると、恋愛関係というのはかなり脆いものだと思う。排他的であるが故だろう。
友情はいくつも立つけど、恋愛は一つしか立たない(原則。例外あり。例外な人あり。)。両立しない。人間の気持ちの浮動性を考えれば、脆いのは当たり前だ。あと、恋愛関係というのは距離が近すぎるのかもしれない。


気が合って好意があると迂闊に恋愛関係に陥りがちだけど、あとあとその人との人間関係を考えたら、慎重に友人関係を継続することが必要な場合もあると思う。
と、後悔と共に思う次第。


刹那的に判断するのではなく。長い目で見ておつきあいする。クールダウンを学習。

そんな感じで。リンク先の引用の人は賢明であると思う。

tabi

ある人の旅行記を読んで、ものすごく一人旅に出たくなった。


私 は、学生のうちに旅行しとけっていう多くの助言を、めんどくさいとか金が無いとか学校があるとかの理由で今まで何気なく流していた。サークルの女の子はそ の間に一人でがんがんアジアを旅していたし(中退したけど)、ある友人はインドに40日何をするでもなく滞在していた(留年した)し、ある友人はツアコン のバイトをしながら各国を回っていたし、当時の彼も私を置いてあちこち行っていた。院で出会った子もアジアやら南米やら何カ国も回っていて、旅はいいとい つも言っていた。


しかしその様子を見ても特に、旅にでたいとは思わなかった。言語が通じない国へ行っても困るだけだし、危険だ し、そこの雰囲気はテレビがいくらでも伝えてくれると思っていたからだ。私は現状に満足だったし、大事な人は日本にいた。留年するなんて選択肢はなかった し、バイトしまくる気概もなかったし、日本より安全な国はないし。
合理的に考えても、「僕には旅に出る理由なんて何一つない」(BYくるり)のだった。


いつもそうなのだ。
私は、他人は他人で、どんなにいいと言われても、その人が旅はいいと思っているという事実のみを受け止めるだけなのだ。
友人の旅行記を読んでも、大概、「ふうん。楽しそうだな。」くらいである。


まず現実感がない。行けるはずが無い。行くほどの動機も無い。ひどく内向的。


が。現金なもので、昔から、好きな人、興味のある人の話は手放しで受け入れ、かつ自分のものにしようとする傾向があって。
今回もその例にもれず。興味のある人の旅行記を読んだので、強くそう思った。っていう話。
今までもある思想やある考え方が、そうやって私に取り入れられていった。
好きな人のいうことは聞く。まあ人間の基本的性質ではある。

しかし今回のは多分それだけではない。
くるりの歌も関係しているし、今あてがわれている部屋も関係しているし、人間関係状況も関係している。
それに興味のある人の書いた文学的な旅行記が「旅」への憧れを増す後押しをした。
ヤシの木のくだりなんて最高である。
ヤシの木が沖縄にあるにもかかわらず、である。


何にしたって遅咲きだ。
みんなそういう旅なんてものは大学生のうちにしているものだ。



そんなこんなで、旅に出ることを夢見ながら勉強でもする。

それが今まで私が旅に出ないかわりにやっていたことでもあるわけだし。

k

今日は模試中休み。

図書館へGO。入れるかドキドキする。入れた。
お昼に辛くないと言われて頼んだラーメンと何かの炒め物が辛くてひりひりする。ながい人め。だまされた。ということでながい人に半分食べてもらう。

夕方病院。もうここは最後かもなあ。
頑張ってね、といわれる。はい是非。



今日も用があってなんなちゃんとお見舞いに行く。
連日お見舞いとか本気で好きっぽくて申し訳ないのでちょっと躊躇した。けどいいや、もう本試験まで会えないだろうし。

お見舞いの品を雑誌にしようということで本屋に寄ると、互いに趣味のコーナーへまず吸い寄せられる(なんなちゃんは鉄道。私はF1。)。

いかんいかん。ということで
なんなちゃんは団地の雑誌を購入。団地て。いや私も勧めた感はありました。だってちょっと熱いよね。団地て。
ニッチな分野の雑誌が多いことに驚く。すきま産業。
私はある本のコピーをお見舞いの品にした。これが用事といえば用事だったので。


着いた。
団地の雑誌にかなり食いつきがよい。多分彼は割とどんなものにでもあの反応する気はする。しかも半分以上本気が入って。さすがです。

昨日より物が増えている。
ニュートンとか、司馬遼太郎の沖縄旅行記ぽいやつとかを勧められてちら見する。
Gさんが「今月のニュートンは熱いですよ!」と言ったので買い、私に沖縄の話をされたので沖縄旅行記を無料文庫で持ってきたらしい。

「いやーたしかに熱いんだよニュートン。見てよこれ。」
カンブリア・ビッグバンだって。カンブリア紀の海の生物が載っていた。ナウシカに出てくる系の足が多い系。ニュートン結構イメージと違って読みやす系。てか見やす系。もっと学術系かと思っていた。
来月は天文系らしいのでちょっと興味ある。けど1000円。高いな。もう少しでF1速報が2冊買える。

飲み物はOKになったらしい。よかったね。
私は特に食にあまり執着がないので、一人だと絶食とかもたまにしちゃうからあれだけど、飲めないのはつらいだろうなーって思う。



せっかくなので、彼について少しメモる。


すごく本を読む。知識欲や好奇心や行動力がすごい(ように見える)。
気さく。明るい。雰囲気が。
回転が速くて行動や話す速度も速いんだけど、どこかでスローな時間を作ってる感じ。
すごくいろんなことを考えている。たまにそういうところがぽろっと出る。
酒は飲めるしまとめるのもうまいし盛り上げるのもうまい。
努力もしている、しかし半分は天性でやってる(ように見える)。
そしてGさん同様まっすぐ。おかしいと思えば主張する。


子どもっぽさと大人っぽさをいい意味で兼ね備えた人だ。まっすぐなところは子供っぽいけど、気を遣ったり人を思いやったりするところは大人。それでいて自然体。そういう人はやっぱり魅力的だ。

暇なのがダメそうで、いつも忙しくして人に囲まれている。
私はそのコミュニティには基本いなかったので話すのはほぼ一瞬だったから、そこまで彼について知っているわけじゃないけど。
この人は初めて見たときに、魅力的だってわかって、友達になりたいって思う人だった。

脱線。
たまに、運命の人みたいに「この人と友達になりたい」って思うことがあって、それが初めて起こったのは高校1年のときだった。
それまで友達はできるものだったし、自分から友達になりたいと思った人はいなかった。友達ってのは、雰囲気や相手が近づいてくることによって自然とそうなるものだった。
でもその子に会ってわかった。ああ、自分から動いてでも友達になるべき人がいるな、と。そういう人は出会ったときにわかる。アンテナみたいのがあるんだと思う。
案の定その子はすごく気が合ったし、今も連絡はあまりとらなくても会えば平気で話ができる。


とにかく彼が入院してくれたおかげでちょっとは話せた気がする。本人はきついだろうからこんなこと言っちゃいけないんだけどさ。
でも少し休んだ方がいいってことなんじゃないかな。とか思う。結局疲労からきてるものっぽいし。ただ彼こそは法曹になるべき人なので、早く治るといいと思う。


彼が昨日も今日も
「模試ちゃんと受けろよ、俺の分まで」
と言ったので、明日も頑張ることにした。
本会場の様子もわかったし、もういいかなとか実はちょっと思ってたんだけど。

なんか本当にこの日記、彼のこと好き風すぎる。好きだけど。大丈夫です。ほんと。
好きな人はたくさんいます。

男の子と女の子

・そうだったのか。って思ったこと。

今日の会話より---------------------------------------

「春樹読んでると、こんな女の子いないだろ、って思う。不思議なことを真面目に言う女の子ばっかり出てくるけど、そんな女の子なんてそうそういないでしょ。」
「え、そう?結構女の子って不思議なこと言ってない?」
「そんなことないでしょ」
「でも大概そういう会話のシーンって男の子のほうも変なこと言ってるじゃん。」
「男の子は変なこという子結構いるでしょう。。あ。」
「だから男の子の方は、女の子のことをそう思ってるんだよ。」
「わかりあえない!」

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ということで、男の子と女の子は互いに不思議だと思っていることがわかった。

単純にあれは春樹さんの理想なんだと思っていた(多分それもあるんじゃないかな)。
たとえば真面目な顔で、パン屋を再襲撃することを提案するとか。そんな子やっぱいないだろう。いるか?まあ極端な例がそれで、多分多かれ少なかれそういうとこが女の子にはあるんだろうけど。


「カンガルー日和」より----------------------

「なんだか、この機会を逃すと二度とカンガルーの赤ちゃんを見られないような気がするのよ」
「そんなものかな」
「だってあなた、これまでにカンガルーの赤ちゃんを見たことある?」
「いや、ないな」
「これから先、見るだろうって自信ある?」
「どうだろう。わからないよ」
「だから私は心配してるのよ」
「でもね」と僕は抗議した。「たしかに君の言うとおりかもしれないけれど、僕はキリンのお産だって見たことないし、鯨が泳いでるところだって見たことがない。なぜそれなのにカンガルーの赤ちゃんだけが今問題になるのだろう」
「カンガルーの赤ちゃんだからよ」と彼女は言った。
僕はあきらめて新聞を眺める。これまで女の子と議論して勝ったことなんて一度もない。

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よくありそうだねこれくらいなら確かに。


くるりの「男の子と女の子」という歌の中にも

「女の子はわがままだ よく分からないいきものだ
でもやさしくしてしまう 何もかえってこないのに」

っていうのがあって、
なんか技巧とか全く無い歌詞だなと思う。
ふーんそうかーと思うだけだけど。なぜなら女の子だから。

江國さんの「ぼくの小鳥ちゃん」という本を思い出した。



・あとやっぱり男の子のほうが夢見がちだって話になった。
まあ女の子もそういうとこあるけど、それはちょっと種類が違う気がする。

男の子はいくら現実的に考えてても、なんか遠いところを夢見てる気がする。漠としたもの。女の子の場合は近いところを。具体的なこと、もの。遠いところはあまり見ない、と思う。まあ人によるかもだけど。

「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」考えているのは結構ありえない系の話で、男の子ってそうなのかなと思う。はい、人によると思います。


そういえば今日フォーチュンクッキーなるものを初めて食べた。おみくじ入り生姜焼き菓子って感じだったけど。
運命的な出会いがあるらしい。おお。4月のある晴れた朝に100パーセントの人と出会えるのだろうか。
そして自分から動かず成り行きを見守るとき、らしい。最近そんなことばっか言われてる気がする。


・男の子は女の子の話なんて聞いてないということも判明した。

・女の子は男の子の話を大抵途中で「もういいや」って思うことも開示した。
でも個人的には話の中身を「もういいや」って思ってても話してるその様子を見ているのは楽しかったりするから、話しててほしいではある。

取捨選択について

卒業のときある人に言われたのは、

心が折れやすいのは個性として受け入れなよ

ってことだった。

受け入れた上で折れそうになったときの対処法を決めておくといい、と。
折れそうなときに食べるべきもの、話すべき人、やってみること。


そんなに親しくない(会わない)人だけど、そして不思議な(胡散臭い)人だけど、その人は結構的確なことを言う。
その人にとって私は、心配になる子だそうで。得なキャラだねといわれた。
この人はこういうので金とってたこともあるような人(だったと思う)で、話がうまいのはわかってるんだけど、まあお金払ってないし。


その人に影響されるのもされないのも自分の選択次第だけど、自分に有利なものは取り入れていくのがいいと思っている。まあそれが宗教がかっててもね。気をつけるけど。

宗教の何が危ないかって、信じ込んで他の考えをシャットアウトしてしまうこととか、それにあらゆるものを捧げてしまうことだと思うんだけど、でもこういう人生における考え方とか思想とか信念とかっていうのは、多かれ少なかれそういうものになってくるとは思う。

信じた生き方、それに対する投資。
自己啓発の本を買うことだって、ファッション雑誌や服を買うことだって、あるライフスタイルを実現するための投資で、それってその人にとってはいいと思うからやってるだけなんだけど、それをちょっと精神論にもってくと宗教がかるっていう。


それを食い物にする人間がいると、「だまされている」感があるだけで、本質的にやってることは同じな気がする。
何を信じようが、信じまいが、自由。

人のそういう真剣な思い悩みとかを食い物にする人間はほんと最低だと思うけど。

聞く耳を持ち軌道修正できる柔軟性と危険を察知する注意深さがあれば、何をとりいれるにせよ、大丈夫だとは思う。


ともあれ。
心が折れそうになったときの対処法を考えておくことは有益であると私も思うので、それは取り入れようと思う。

risk

総じて。

知り合う男の子で魅力的な子は、やっぱり頭のいい子で、そして自分なりにいろんなこと吸収し考えて、かつ結構そのスタイルを確立している子だなって思う。あ、柔軟性も。
そしてそれは大学の付属校上がりの子に多かった気がする。好きなことする時間があったんだろう。なぜかみんなニッチな分野に詳しかった。

ち なみに今はどうかわかんないけど、付属上がりは遊んでいるというのが結構定説だったりした。実際は個人差があるけど平均的にはそうかも。個人的には、あま り女の子を大切にせず、男友達や自らを大切にする人が多いと思ってた。ステータスとして彼女つくってるんじゃないかとか思う人もいた。


最近、恋愛対象としての男の子は誠実で真面目なのが一番だと思おうとしているふしがあって(まあ母に言われたからだけど)確かにそれって大事なことだ。

母曰く
あなたが幸せになるような人とお付き合いなり結婚なりしなさい。
迂闊に行動してはいけません。
あなたは頭のいい人ばかり好きなんだから。
頭がよくて魅力的な人はたくさんいるけど、女の人を大切にする人は少ないのよ。

まあこういう感じのことをよく言われる。もっと話し言葉だけど。

たしかに。

魅力的な人はたくさんいる。
それはまあ大学という環境もあるだろうし、今の環境もあるだろうし、東京という環境もあるだろうし。ほんとに、そういう人たちは刺激的である。今までもかなり彼らの影響を受けてきた。
ち なみに彼らは必ず何かしらに傾倒していた過去を持っている。それは、春樹だったりUKロックだったりクラシックだったり政治思想だったりインターネット だったりオーディオ機器だったり車だったり司馬遼太郎だったりする。それが彼らの柱となっていたり、味になっていたりするからだ。
それで、自分も単純にそういうものを取り入れる試みをするんだけど、結局男の子と女の子は違うって事とかがわかる。思考回路がほんとに違う。あとのめりこみ方が違う。たまにすごいバランスだ、って思う人もいる。

そういう人に魅力を感じがちなのは、もうそれは仕方ないことだと思う。
単純に、「すごい」んだもん。
まあそれをすごいと感じる自分の感性とかが変わることはありうるんだけど。
なかなか変わらないよね、なんだかんだで。


で、 上述のように自分にとって魅力的な人って、探究心とか好奇心とか行動力とか旺盛で、やっぱりそれは誠実・真面目と両立はできるけどしにくいものだと思って いる。静と動というか。あと、そういう人は他の人にとっても魅力的であることが多いので、とかく安心できないというのも大きい。

そう考えると、誠実・真面目と魅力的は二者択一っぽくなる。


最近ちょいちょい読んでるブログで、リスクのことが書いてあったんだけど、それに恋愛なり結婚もあてはめられるんじゃないかと感じたというか。

以下引用--------

「リスクを見積もるならば「うまく行く確率」×「うまくいった時の効用」と、現状のままのリスクを比較さえすれば答えはでる。」
「リスク見積もりには、その数値的に出す方法ともう1つあると思っていて。それが一番大きいマイナスが生じた場合に、それを引き受ける覚悟があるかどうか、という点。」
「つまりさ、リスクを取るってのは、バカするわけじゃないのですよ。何か、それをした時に「最悪の事態」が生じても、腹をくくってそれを受け入れられるか。それをリスクを取るっていうんじゃないかなぁ、と思うのです。」

以上引用--------


「結婚がうまくいく確率」×「結婚がうまくいったときの効用」と「結婚しない現状」との比較。
プラスの「結婚がうまくいかなかった場合の最悪の事態」が生じても受け入れられる覚悟があるか。
で、結婚のリスクをとる、ということになると。


こ の「結婚がうまくいく確率」っていうのがその誠実・真面目VS魅力的で、多分前者の方が高いわけです(私見)。でも「結婚がうまくいったときの効用」は、 そりゃ魅力的な人の方がきっと楽しいわけです(私見)。で、「結婚がうまくいかなかった場合の最悪の事態」を受け入れる覚悟があるかっていうのは、まあ 「最悪の事態」が浮気なのか協力体制がなってないなのか離婚なのか、そういうのは各々違うと思うけど。


で、最近悟ったことなんだけど、好きになるっていうのは、魅力的に感じているとか楽しいから一緒にいるとか独占したい、ということではなくて、相手を大切に思うことだと思うんです。
当たり前と思われるかもしれないけど、結構忘れてる。恋愛の最中とかそうだけど、結構自分本位になる。
こ の人が傷つくことはしない、とかある程度思ってるけど、それと自分の楽しさとかが天秤にのると、そっち優先してしまう傾向があります、少なくとも自分に は。たとえば些細なことでいえば、他の男友達との飲み、とか。まあとくにサシ飲み、とか。こういうのって普通彼氏は嫌だと思うんだけど、こっちとしては自 分の交友関係とか楽しみを優先してしまいがち。たまにならいいかもしれないけど、これが積み重なると相手にも結構なストレスになる。結婚したらやっぱり もっと重大になったりする。

これを、自然にその人優先にすることができるような気分、とかが好きってことなのかなとか思います。ほんとは飲みに行きたかったのにっていうようなストレスもあまりなく。

で、そう思える人ならば、多分結婚して「最悪の状態」になったとしてもそれすら受け入れられるんじゃないかと。つまりリスクをとることができる、ということになる。


そんな人いるんでしょうか、と思うけど。あとそう思えるように自分がなれるか、っていうのもあるけど。理想。


考察終わり。