June 19, 2009

忙しいについて

よく見るブログで忙しさについて考えていたので、触発というか便乗というかそういうので書いてみようかと思う。


そこで設定されていたのは、忙しいことが善か悪か、という命題であるが、善悪の判断の問題というのは苦手分野で、まず善とは何ぞや、悪とは何ぞやという話になる。

そ もそも、昔々は道徳というものは無かったであろうと思われる。すなわち善や悪という概念も無かったであろう。ただ単純に、快と不快があったのではないだろ うかと思う。善とか悪とかというものは、やはり他者があってのものだと直感する。それは他者からの評価であると考えるからだ。
だから他人の快とするところがすなわち善であり、不快とするところが悪、それなら話は簡単であるし、納得がいく。けれども、そういうわけではないらしい。快であっても悪だったり、不快であっても善であったりするらしい。
例として思いつくのは。
本屋が青少年に有害図書を売ると、青少年にとっては快であってもそれは悪と評価され、犯罪になる。何か悪いことをやった子どもを叱ることは子どもにとっては不快であるけれども善である。とか。

じゃあ何を基準に善とか悪とか言ってるのだろう。
そこが解せない。

お そらくはその行為の対象者(先の例では青少年や子ども)だけでなく、その周辺の人々の快不快をも含めて評価しているということなのだろう。と思う。青少年 の親とかは本屋が有害図書を青少年に売ることによって暴力的な子になったりすることに不利益なり不快を被るわけで、また子どもの周囲の人たちは彼彼女が叱 られて悪いことをしなくなることによって利益なり快を得る、ということなのだろうかと。もっといえば、最大多数の最大幸福のような。それ基準で善悪を決め ているのではないかと推測する。

善なり悪なりを決める基準を仮にそういうものだと置くことにする。



で、やっと本論に戻る、忙しさは善か悪か。

忙しさの定義を例のブログの筆者は「時間が足りないと感じる心理状況」と置いている。
先の善悪の仮定話でいくと、善か悪かはその本人だけでなく他者、周辺をも巻き込むものだから、それらで分けて考える。

本人。
焦燥感、切迫感、圧迫感は彼彼女にとっては大きなストレスとなるだろう。体力的にも負担は大きい。健康を害する。嫌だと感じる。これがデメリット。
メリット。そのスキルが高いにしろ低いにしろ、自分のキャパシティを超えるか超えないかの量の仕事を負担しているわけで。容量いっぱいの仕事をしているから、自分が成長するに効率がよい環境であるとも評価できる。

他者。仕事と全く関係の無い他者。たとえば恋人や家族や友人。
デメリット。本人と共有する時間が減る。コミュニケーション不足に陥り関係が劣化する。
メリット。その本人が成長することによって魅力的になるかもしれない。話が面白くなったり給料が上がったり頑張っている姿を素敵に感じたり。

仕事と関係のある他者。
デメリット。忙しいことによるコミュニケーション不足で関係の劣化。
メリット。片付く仕事の量が増える。その本人がスキルアップすることにより仕事の質も上がる。


漏れが多い気がそこはかとなくしていますが。


つ まりは、メリットとデメリットのどちらを重視するのかという話にやはりなるのであろうと思われて、こういう検討を詳細にしていくと、個人的にはどういった 事柄でも価値観の問題に辿り着くと思っていて、それを決めるだけの精神力というか自信というか拠り所というかそういうものがまだ無い。いつも言っている善 悪の判断がつかないというのはそういうことである。ずるい話ではある。


一般的に、忙しいことは美徳であると考えられている、というのは最近揺らいではいるものの事実まだそうだろうと思う。肌感覚では。
ということは世間一般の人の多数は、メリットの方を重視しているということなのだろうか。成長に重きを置いているということなのだろうか。と推測する。
その個人の成長なり仕事なりが社会全体にとってプラスになるから、つまり世間一般の人々にとってプラスになるからという利害関係もあるかもしれないと思う。単に自分より忙しくない人をうらやんだりねたむ気持ちの裏返しだという推測もできる。


先に仮定した善と悪の判断基準、それに拘泥するのもどうかとは思っていて。
つまり最大多数の最大幸福を基準にすることが。

だって自分の人生じゃんとかも思うわけです。
善か悪かっていう命題自体への疑問ですね。
自分のメリットデメリットだけを考えてもいいんじゃないかとふと思ったりする。


そしてもう一点、忙しい自体が程度問題だという問題もあります。
過労死寸前なのか、1日使ってデートをする暇が無いなのか、単に残業が1,2時間あるなのか、とか。
仕事内容もそうだろうとは思う。成長できる仕事内容なのか、ルーティンワークで忙しいのか。


で、結局私も結論は出せないわけで。
何にせよ、中庸がいいと思うわけです。結局。

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